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噫無情 第一篇 放浪の卷

ヴィクトル・ユーゴーの歴史小説『レ・ミゼラブル』は1910年にはすでに日本での映画化の記録が残り、本作以降も戦後にいたるまで何度か映画化された。本作は2部作の第1部で舞台を中国大陸に設定しているが、中間字幕上の登場人物名は中国風にすることなく原作の名前を踏襲している。現存しているのはいくつかの場面の断片で、栗島すみ子を含む女優陣の出演場面は完全に欠落しているが、主演の井上正夫自身が映画での「最初の快心の作」と記した、その熱演の一端を確認することはできるだろう。

映画詳細

映画題名
噫無情 第一篇 放浪の卷
映画題名ヨミ
アアムジョウダイイッペンホウロウノマキ
製作年(西暦/和暦)
1923(大正12)年
解説
ヴィクトル・ユーゴーの歴史小説『レ・ミゼラブル』を中国大陸に舞台を移して映画化した作品で、本作に続き『噫無情 第二篇 市長の卷』が池田義臣監督で製作された。元素材は7巻とされるオリジナルのうち、いくつかの場面の断片をつないだもので、メインタイトルはないがエンドタイトルは残っている。確認できるのは、ジャベールと思われる人物が囚人に拷問を行う場面、ジャン・ヴァルジャンがミリエル僧正のもとを去る場面、小さなジェルベーが落とした金をジャンが心ならずも奪ってしまい、それに気づいて慌てて後を追う場面、そしてジャンがミリエル僧正の寺院の前に跪いて祈ったのちに街を去ってゆく、本作の最終場面と考えられる箇所である。以上に女優陣の出演シーンは含まれていない。
原作小説の日本での映画化は、本作以前には1910年のM・パテー商会製作が記録に残り、本作以後ではサイレント時代では『噫無情』(日活、志波西果監督、1929年)と『ジャンバルジャン』(日活、内田吐夢監督、1931年)、トーキー以後では『巨人傳』(東宝映画、伊丹万作監督、1938年)と『レ・ミゼラブル あヽ無情』(東横映画、伊藤大輔監督、マキノ雅弘監督、1950年)などがある。
井上正夫は国活では『寒椿』の次作『海の人』(細山喜代松監督、1921年)に出演したのみで、経営が傾いてきた同社を離れ、自身で大谷竹次郎と話をつけて1921年8月に松竹に入ったという(参考文献⑦204-205頁)。松竹では舞台に出演した後、チャップリンの『キッド』(1921年)を翻案した『地獄船』(野村芳亭監督、1922年)が蒲田での第一作となった。
参考文献(③)によれば、撮影は1922年10月から1923年1月終わりまでかかり、撮影地は京都がほとんどで、そのほかに沼津、辻堂、新子安、高尾山などで行われたという。かつて連鎖劇の興行が行われ、関東大震災後に浅草松竹座となった御国座では、撮影期間と重なる1923年の初春興行(1922年12月31日初日)で井上正夫主演の『噫無情』(落合浪雄脚色)が上演されており、小説世界を中国に置き換える設定は舞台版でも共通している(参考文献①)。御国座の『噫無情』は1幕3場で構成されており、時代は「大淸時代」、場所は「奉天附近二樹荘町外れ料理店/同戸外/同町外双拵禪院」と設定され、ジャン・ヴァルジャンは「張波章」、ミリエル僧正は「理圓大僧正」など、登場人物の名前も中国風に置き換えられているが、本作の中間字幕では原作の名前が使われている。なお、舞台版でも磯野秋雄が本作と同じ役を「呉小華」の役名で演じている。一方、場所について映画では「蒙古地方から北部支那」「蒙古に近い宣化府の町」と設定されており(参考文献④)、「奉天附近」とした舞台版とは異なっている。
当時の批評で「井上正夫氏の單調なしかも誇張された表情が全篇を活躍してゐる」(参考文献②)、「井上氏のひとり舞台」(参考文献⑥)と言及される演技について、井上自身は「映畫界入りをしてから最初の快心の作」としており、1923年8月からの欧州旅行にもフィルムを携えて行ったという(参考文献⑦209、221頁)。
時間(分)
12
サウンド
サイレント
カラーの種類
白黒
製作会社
松竹キネマ株式会社
配給会社
松竹キネマ株式会社
公開年月日
1923年4月1日(松竹館)
スタッフ
野村芳亭[総指揮]牛原虚彦[監督]ヴィクトル・ユーゴー[原作]伊藤大輔[脚色]小田濱太郎[撮影]
キャスト
井上正夫(ジャン・ヴァルジャン)正邦宏(典獄ジャベエル)吉田豊作(ミリエル僧正)磯野秋雄(小さなジェルベー)武田春郎(太守)鈴木歌子(ジャンの姉)栗島すみ子(花売り娘)東栄子(同)
映写速度
16
備考
元素材は、2006年度に鳥羽ツユ子氏より受贈した鳥羽幸信氏旧蔵の16mm不燃性上映用ポジフィルムより2009年度に作製した、35mmインターネガフィルムより作製した35mm上映用ポジフィルム(フィルムストック:EK 2302-2010、尺長:778フィート)。
参考文献
①「吹雪花お初地蔵/新宝船/噫無情/極付幡随長兵衛」番付[御國座、1922年](早稲田大学演劇博物館デジタルアーカイブ/近世芝居番付データベース)https://enpaku.w.waseda.jp/db/ [登録No.]ロ22-00055-1398
②編輯部「日本映畫欄 主要映畫批評/噫無情(レ・ミゼラブル)」(『キネマ旬報』第百三十號、1923年4月11日)7頁
③牛原虚彦「苦しいやら可笑しいやら 噫無情撮影苦心談」(『活動俱樂部』第六卷第五号、1923年5月)52-55頁
④西七郞「レ・ミゼラブルと大道具」(『蒲田』第拾貳號、1923年6月)26-27頁
⑤三好映輝「『噫無情撮影苦心談』を拜見して 牛原虛彦戦士に呈す」(『活動俱樂部』第六卷七月號、1923年7月)58-60頁
⑥編輯部「松竹キネマ蒲田新作 封切映畫批評欄/大社会劇 噫無情」(『蒲田』第拾貳號、1923年6月)36頁
⑦井上正夫『化け損ねた狸』(右文社、1947年)204-210頁、221頁
関連リンク